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個別契約の成立について 業務委託基本契約書

前回、業務委託基本契約書の第2条(個別契約)を規定するポイントを解説等しました。




業務委託基本契約という場合、通常、具体的な業務の内容や金額を規定する個別契約というものを別に取り交わす必要があります。業務委託基本契約を締結しているだけの段階では、まだ具体的な業務の委託(発注)はなされていないものと解釈されます。したがって、個別契約が成立した段階で、当該個別契約に規定する具体的な業務の委託(発注)がなされたものとみなされます。


これらのことから、システム開発等の業務を委託する際には、個別契約の成立要件というものをしっかりと把握しておく必要があると考えます。このことについて参考になる裁判例がいくつかありますが、今回は次の裁判を取り上げます。


東京地方裁判所平成19年1月31日判決(事件番号:平15年 (ワ) 第8853号)


本件裁判の内容

この裁判は、原告開発会社と被告発注者との間で、コンピュータ・ソフトウェアの開発の請負等に関するソフトウェア開発委託基本契約を締結した後に、その後13度の打ち合わせ及び原告開発会社から被告発注者への8回の見積書の提示を経た上で結局被告発注者が原告開発会社に対して発注を行わない旨を通知されたことに伴い、訴訟に発展した事件となります。


原告開発会社は、発注が行われないことが確定するまでの間に、原告開発会社が行ったコンピュータ・ソフトウェアの要件定義及び概要設計作業の報酬を求めて被告発注者を相手に東京地方裁判所に訴訟を提訴した形となります。


さて、この裁判、まずは事実関係等を整理してみます。



【開発予定のコンピュータ・ソフトウェア】
クレジットシステム


【事実関係】

  • 平成14年10月1日に原告開発会社と被告発注者との間でソフトウェア開発委託基本契約が締結される。尚、基本契約の中で、個別契約については、「この契約にもとづく個別契約,およびこれらにもとづくその他の契約の締結ならびに変更は,甲(被告)乙(原告)を代表,若しくは代理する権限を有する者によって記名捺印された書面によってのみなし得る。」と規定。また、「個別契約は,前条に定める事項を記載した注文書を甲(被告)が乙(原告)に交付し,乙(原告)が当該注文書に対する注文請書を甲(被告)に交付することにより成立する。」とも規定されていた。
  • 平成14年10月21日、被告発注者の本社における打ち合わせの席において、被告発注者の部長が原告開発会社の山梨営業所所長に対して、基本契約を締結したので、続いて本格作業に入ってもらいたい旨の依頼が口頭でなされる。
  • その後、平成14年10月25日から平成15年1月31日までの間に、被告発注者の本社において、原告開発会社と被告発注者は合計13回の打ち合わせを行った。
  • 原告開発会社は、平成14年11月27日から平成15年2月5日までの間に、見積書を8回被告発注者に提出した。
  • 原告開発会社は、平成14年10月25日から平成15年2月17日までの間に、開発予定のコンピュータ・ソフトウェアの要件定義作業及び概要設計作業を行った。
  • 平成15年2月20日、被告発注者から原告開発会社に対し、発注を行わない旨が通知された。
  • 平成15年2月20日までの間に、ソフトウェア開発請負の個別契約に関する書面は両者で取り交わされていない。



さて、これらのことを簡単に要約しますと、基本契約を締結した後に、打ち合わせや見積もりの提示、はては要件定義作業まで行ったが、ソフトウェア開発請負の個別契約に関する書面を両者で取り交わす前に、結局具体的な発注には至らなかったという事案です。


個別契約は成立していたかどうか



この裁判の大きなポイントは、個別契約が成立していたかどうかです(成立していなければ報酬を要求することはできない)。それを考える上でのポイントは、基本契約に規定されていた次の2つの規定です。


①この契約にもとづく個別契約,およびこれらにもとづくその他の契約の締結ならびに変更は,甲(被告)乙(原告)を代表,若しくは代理する権限を有する者によって記名捺印された書面によってのみなし得る。
②個別契約は,前条に定める事項を記載した注文書を甲(被告)が乙(原告)に交付し,乙(原告)が当該注文書に対する注文請書を甲(被告)に交付することにより成立する。


基本契約がこのような規定になっていたということを前提に、両者の間で個別契約が成立していたのかどうかを検討します。これを検討する上で、まず考えるべきは、上記基本契約の規定にあるような個別契約に関する書面が両者の間で取り交わされているかどうかですが、これについては取り交わされていないとのことです。


となると、もう一つ個別契約の成立ポイントとして考えられるのが、平成14年10月21日の被告発注者本社における打ち合わせの席での被告発注者部長の発言です。この打ち合わせの席において、被告発注者の部長が原告開発会社の山梨営業所所長に対して、口頭で、本格作業に入ってもらいたい旨の依頼がなされました。これが個別契約の成立にあたるのかどうかを検討することになります。



この点につき裁判所は、次の2点を理由に、ソフトウェア開発請負の個別契約については成立していないと判断しました。

①原告開発会社が提示した見積書に対して被告発注者が同意して金額が確定した事実がないこと。
②基本契約が口頭による個別契約の締結を排除していること。



これらのことを考慮すると、基本契約において、個別契約の成立要件を書面に限定している場合、口頭で何らかの依頼や発注があったとしても、個別契約は成立しないと考えられます。基本契約において、口頭による個別契約の成立可能性を認めてしまった場合、言った言わないの話しでもめやすいので、本件のように口頭による個別契約成立の可能性を基本契約で排除しておくことが望ましいと考えます(そのように規定しても本件のようにもめて訴訟になる場合はありますが)。



尚、この裁判は、上記のようにソフトウェア開発委託基本契約に基づくソフトウェア開発の請負に関する個別契約の成立は認められませんでしたが、被告発注者の部長の指示に基づき実際に原告開発会社により行われていた要件定義及び概要設計作業については、口頭による準委任契約を認め、その分の作業料の支払いを被告発注者に命じております。この要件定義及び概要設計作業に基づく準委任契約について、次回考察してみたいと思います。